家族が認知症と上手に付き合う方法とは?地域社会からの孤立を防ぐために、家族がやるべきこと【前編】

家族が認知症と上手に付き合う方法とは?地域社会からの孤立を防ぐために、家族がやるべきこと【前編】

ドキュメンタリー制作に携わるテレビディレクター・信友直子さんは、両親を撮り続ける中で、お母様の認知症を捉えることに。2016年秋にテレビ番組で「娘が撮った母の認知症」が放送され、大きな反響を呼びました。2018年に公開されたドキュメンタリー映画『ぼけますから、よろしくお願いします。』は、令和元年度文化庁映画賞 文化記録映画 大賞を受賞しています。
母の認知症と、父の奮闘の日々を撮り続けた信友直子さんに、家族が認知症とどう向き合うべきか、お話を伺いました。

小さな違和感から、認知症が発覚

東京で働く信友さんが、広島県呉市に住んでいる母親の認知症に気づいたきっかけ。それは電話での何気ない会話からだったと言います。
「母は電話をするとその日にあった出来事を面白おかしく話してくれる人だったのですが、ある日、前日と全く同じ話をしたんです。冗談好きな母の冗談かなと思い、“お母さん、その話のオチ、私知っとるわ。だって昨日同じ話してくれたじゃない”と他意はなく言ったら、電話の向こうで母がハッと息を呑む気配を感じました。」
電話ではすぐに取り繕い、普通の会話が続いたそうですが、娘として一瞬の間に違和感のあった信友さんは帰省を決めます。実家に帰ってみると、家の中の異変に気づいたそうです。
「母が“リンゴがない”と言ってリンゴを買って帰ってくるのですが、既に家には色々なところにリンゴがありました。“ここにあるじゃない”と言ったら、今度は母が“美味しいリンゴだから、あんたに持って帰らそうと思った”と言うのです。広島は柑橘類が名産なので、みかんや八朔を持って帰らされたことはありましたが、リンゴは広島産のものではないですから、明らかに言い訳だなと感じました。」
©︎映画「ぼけますから、よろしくお願いします。〜おかえり お母さん〜」製作委員会 (5568)

via ©︎映画「ぼけますから、よろしくお願いします。〜おかえり お母さん〜」製作委員会
仕事で認知症について知っていた信友さんは、お母様を認知症検査に連れていきます。認知症の検査に連れて行くことに苦労する家族も多い中で、信友家は意外にすんなりと検査に出かけたのだそう。しかし検査では、異常なし。なんとお母様が事前に検査内容を予習して行っていたのです。
「良い点数を取って、自分は認知症じゃないというお墨付きを貰おうという計算があったようです。検査で認知症ではないと言われたことが自分の励みになったでしょうから、今思うと母のためには良かったのかなと感じます。母は自分の異変に気づきながらも私や父に打ち明けられず、1人で悩んでいた時期が結構あったはずです。相談してくれれば良かったのになと思うけれど、母からしたら家族に心配をかけたくないという思いや、自分も認めたくないという気持ちもあったのでしょう。」

家族だからこそ、“ヒキの視点”で向き合う

認知症で突然訪れる変化に戸惑うのは、本人も家族も同じです。信友さんはドキュメンタリーとしてカメラのフィルターを通して母親と向き合うことで、感情的になりすぎず、“ヒキの視点”を持つことができたと言います。
「カメラに自分の失敗が映され記録されるのは、母にとってショックなのではないかと思い、撮るのをやめた時期がありました。でもそうすると娘としての視点しかなくなってしまい、“あんなにしっかりしていた母だったのに情けない”という辛い気持ちを抱えていることを、はっきり自覚してしまいました。」
©︎映画「ぼけますから、よろしくお願いします。」製作・配給委員会 (5574)

via ©︎映画「ぼけますから、よろしくお願いします。」製作・配給委員会
カメラという存在を挟むことで、辛い感情と距離を置くことができていた信友さん。再びカメラを持つようになると楽になり、家族でも俯瞰の視点を持つことが重要だと感じたと言います。
今まで頼りにしてきた親が変わってしまったショックから、家族はつい感情的になって一緒に喧嘩してしまいがちです。しかし混乱している本人に家族も感情をぶつけては、火に油を注ぐだけ。
「少し深呼吸をするだけでも良いんです。無理やりにでも、“ヒキの視点”を持つように努力することは凄く大切だと思います。」
とは言え、当初は辛いと感じることも多かったという信友さん。お母様からの「なんで私がこんな風になったんだろう」「これから先どうなるんだろう」「あんたに迷惑をかけて本当に申し訳ない」という言葉が刺さり、一緒に泣いてしまう日もあったと言います。
完治する治療法がないということも、信友さんが沈んだ要因の1つ。認知症の介護者は精神的ストレスからうつ病になることもあり、「介護うつ」と呼ばれます。家族が本人の言動に引きずられすぎず、精神状態を健康に保つにはどうしたら良いのでしょうか。
©︎映画「ぼけますから、よろしくお願いします。」製作・配給委員会 (5580)

via ©︎映画「ぼけますから、よろしくお願いします。」製作・配給委員会
信友さんはお母様とのやりとりの中で、怒りや悲しみは時間が経てば忘れるもの、時間が解決してくれるということを学んだそうです。
「母は泣き疲れると寝てしまい、起きると忘れているんですよね。その時にまだ私が泣いていると、“あんた、なに泣きよるん”と心配してくれたんです。それなら私は泣き損だなと思うようになって。それから母が泣いたり怒ったりしても、一時的な言動であって、時間が経てば普通に戻る時が来ると言い聞かせるようになりました。」

鼻歌で洗濯。父の言動に隠された思いやり

©︎映画「ぼけますから、よろしくお願いします。〜おかえり お母さん〜」製作委員会 (5584)

via ©︎映画「ぼけますから、よろしくお願いします。〜おかえり お母さん〜」製作委員会
信友さんは東京に住んでいるため、広島で暮らす両親は普段2人暮らし。お母様の認知症をきっかけに、お父様はお母様が今まで全て取り仕切っていた家事を90代で始めました。やったことのない家事に奮闘する姿を見て、信友さんはお父様の見え方が変わったと語ります。
「父が凄いなと思ったのは、嫌な顔をしなかったということです。例えば母が忘れてしまって洗濯物が溜まっていくと、父は母には何も言わず、鼻歌を歌いながら洗濯し始めるんです。その姿を見て母は“お父さんは洗濯が好きなんかねえ”と言っていて、父はそう思わせたかったのだなと気づきました。」
家事をやり始めたら、お母様の「家族に迷惑をかけて申し訳ない」という気持ちが加速してしまう。そう考えたお父様は、自ら進んで家事をやっていると感じてもらうための言動を取っていたのです。「なぜ洗濯をしないんだ」と怒ることもなく、「俺がやってやった」と主張することもなく、さりげない気遣いをしながら家事をこなすことで円満に家事を移行させていったお父様のやり方は、認知症になったパートナーとして理想的と言えるのではないでしょうか。
「母が何に苦しんでいるのかを相手の立場に立って想像し、それを和らげるような言動をしていた父を見て、頼りになると思いましたし、愛情の深さも感じました。」

本人の尊厳を傷つけない

「認知症になった本人は、何も分からないと思っている人がいるとしたら、それは違います。」信友さんはそう強調します。
本人が一番、自身の変化に傷つき、これからを不安に思っていることでしょう。怒りの感情が爆発するのも、自分の異変を悟られないように過剰防衛をしたり、自分への不甲斐なさを感じていたりしているから。それに対して家族が失望を露わにしたら、本人は更に傷ついてしまいます。
©︎映画「ぼけますから、よろしくお願いします。」製作・配給委員会 (5592)

via ©︎映画「ぼけますから、よろしくお願いします。」製作・配給委員会
「本人は家族の反応を分かっているし、よく見ています。父のような対応をしていれば、本人もニコニコ過ごせることが多いんです。忘れるという中核症状はどうやったって出てくるけれど、怒ったり暴言を吐いたりという周辺症状は、いくらでも周りの対応の仕方で減らせると父から学びました。本人も家族も余計に辛い思いをしないためにも、尊厳を大切に、想像力を持って接してほしいです。」
2025年には5.4人に1人程度が認知症になる(※)と言われている今。自分もいつか認知症になるかもしれません。
「その時に尊厳を傷つける言動をされたら悲しいはずです。自分に置き換えて考えてみてほしいと思います。」
後編では、地域の人々との付き合い方や、デイサービスを利用したことで起こった変化について伺っていきます。
※公益財団法人 生命保険文化センター ホームページ
https://www.jili.or.jp/lifeplan/lifesecurity/1105.html
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信友直子さん

信友直子さん

文=齋藤優里花(under→stand Inc.)

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