「注文をまちがえる料理店」から広がる歓びの連鎖。 認知症と、人間の豊かさとの関係性とは【後編】

「注文をまちがえる料理店」から広がる歓びの連鎖。 認知症と、人間の豊かさとの関係性とは【後編】

認知症の方がレストランのホールスタッフを務める「注文をまちがえる料理店」。その立役者として、介護福祉士の和田行男さんは世界的にも大きな注目を集めました。和田さんは、介護ケアの第一人者とも言われています。後編では、和田さんが日々認知症の方々と接する上で大切にしていることや、世間のイメージとのギャップ等、介護施設での認知症に対する取り組みや考え方を伺います。(前編はこちら)

認知症本人の姿が、世の中を切り開く

みなさんは、認知症の介護施設の運営にどんなイメージをもっているでしょうか。急に出かけてしまったりしないように施錠し、料理や買い物は職員が行うといったイメージをされる方も多いかもしれません。しかし、和田さんが考える介護のアプローチは少し違った視点から生まれています。

「国鉄に勤めていた際に、障がい者の方向けの臨時列車の旅を企画しました。今でこそ当たり前にある駅や街の点字ブロックや障がい者トイレも、当時は一般的なものではありませんでした。ですが、旅行企画を通じて街に障がい者の方が出ていくようになるにつれ、必要な施設ができる等、世の中の動きを体感できました。今の取り組みも同じで、私は認知症の人の為に世の中を変えるのではなく、認知症の方々が外に出ていくきっかけをつくるだけで、結果的に、世の中がどんどん変わっていくことを期待しています。」

和田さんが東京で初めて介護施設長になった時に、それを実感する出来事がありました。

「近所の豆腐店に、認知症の方々と一緒に出かけました。最初は『何なんだこの人たちは』と不審がられていたのですが、1年程経った頃、店主に『こうやって自由に暮らせるなら、将来自分も認知症になってもいい』と言われました。認知症の方々が外に出ていくようになり、いつの間にか周囲の人たちの意識を変えていったんですよね。それがすごく大事なことだと思います。私たちが豆腐店の店主を説得するより、とても大きな影響を生みますよね。」

認知症の方が教えてくれた、人間の豊かさ

実際、和田さんの携わる介護施設では、鍵をかけて認知症の方々が外に出られないような環境をつくりません。むしろ、料理のための買い物など、外に出る機会を積極的につくっています。

認知症の方を閉じ込めておくのではなく、たくさんの人と関わることで理解を深めていく。それをいち早く推進してきた和田さんは、認知症の方の行動を「人間の豊かさ」だと捉えています。
▲介護福祉士であり「注文をまちがえる料理店」代表理事を...

▲介護福祉士であり「注文をまちがえる料理店」代表理事を務める和田さん

「普段、自分たちは『これはしちゃいけない』という自制があるじゃないですか。一方で、認知症の方は、思うまま、自由に行動します。例えば、お風呂に入るためにせっかく服を脱いだのに、次の瞬間シャツを着出してしまうなんてことは当たり前にある。何でそんなことが起こるのだろう、っていうのが楽しくて。それを私は、『おかしい』ではなくて『可笑しみがある』と感じますし、人間の豊かさだと思っています。」

和田さんの認知症に向き合う姿勢や取り組みに称賛や共感が集まる一方で、ときに不謹慎だ、虐待だという声や指摘もあると言います。

「変なことをする人だと後ろ向きに捉える方とではなく、素敵なことをしようと前向きに捉える方と一緒に取り組めば、必ず素敵になると思っています。周囲に、前向きに捉えてくれる方がいるかどうか。認知症の捉えられ方は、それだけの違いだと思います。」

認知症の本当の当事者とは誰なのか?

認知症を他人事と捉える方がまだまだ多い。和田さんは、「認知症=病気」ではなく、「認知症=病気+生活の支障」という考え方を持つことで、もっと多くのひとが当事者意識を持てるのでは、と考えています。

「認知症の原因となる『病気』は本人のものかもしれません。しかし、一番影響が大きいのは認知症による『生活の支障』であり、関わる方がたくさんいるものなんです。つまり、認知症によって影響を受けうる人はみんな当事者なんですよね。認知症の方のご家族も、僕自身も、当事者。もっと広く言えば、認知症施策に税金が使われているのだから、国民はみんな当事者とも言えます。他人事ではなく、もっとみんなが当事者意識を持てるはずだと思っています。」

生活の工夫の中で、認知症は減らすこともできる

認知症とは、原因となる病気と、病気によって起こる生活の支障の組み合わせの問題だからこそ和田さんは、病気を完治させることができなくとも、「認知症は減らすことができる」と言います。

「病気にかかる=認知症、ではないのです。典型例として、アメリカの修道女の方のお話があります。彼女が亡くなった時に脳を調べると、通常の半分程度の大きさになっていました。脳に病気があったんです。しかし、生活には何の支障も出ておらず、最後まで通常通り生活していたそうです。だから、彼女はアルツハイマー病ではあっても、『認知症』ではないのです。」

つまり、生活の工夫で毎日の活動に支障が出ないようにできれば、認知症自体は減らしていくことができるとも言えます。

「例えば、認知症になってトイレの場所が分からなくなっても、僕の施設に入って対策をして、その方がトイレに行けるようになれば生活の支障はなくなる。認知症が減るという考え方ができます。病気になってもどう対応していくか、知恵を絞ることが重要なんです。」

関わる人間が大事にすべき「くっつき虫」とは

頭では分かっていても、認知症に対して家族だけで対処するには難しい場面もあります。そんな時こそ介護福祉士のような、プロの手を借りて欲しいと、和田さんは語ります。

「人間関係の中で、家族は特殊な関係性です。他人には見せられないことも見せられます。良さと悪さの両面があると思いますが、認知症になるとその悪い部分が多く出てしまいます。家族だからこそ、上手く付き合えない時もあって当たり前。そんな時は、遠慮なく専門職を頼って欲しいです。僕はよく、認知症に対して上手く付き合えない方に対して、認知症は『くっつき虫』だとお話するんですよ」
▲認知症は「くっつき虫」と語る和田さん

▲認知症は「くっつき虫」と語る和田さん

「認知症になると、その人のことを嫌になってしまうように感じてしまいますが、嫌だと感じているのは『認知症』に対してであって、その人自身に対してではないんですよね。そこをみんな混同してしまうんです。認知症はその人にくっついているもの。嫌だと感じているのはくっつき虫の『認知症』に対してです。認知症の方を笑うのではなく、くっついた『認知症』を笑い飛ばしてやる。くっつき虫の『認知症』とどう付き合っていくのか。そこを考えることができると良いと思います。」

前編はこちら
生20-1358,商品開発G
和田行男さん

和田行男さん

文=齋藤優里花(under→stand Inc.) / 写真=鈴木文彦

関連記事

  • 微小血管(びしょうけっかん)狭心症の特徴と治療

    微小血管(びしょうけっかん)狭心症の特徴と治療

    微小血管(びしょうけっかん)狭心症とは、心臓弁膜症等の疾患が認められず、直径100μm(マイクロメートル)以下の微小な冠動脈(かんどうみゃく)が充分に拡張しなかったり、著しく収縮したりすることで起こる狭心症です。この記事では、微小血管狭心症の特徴と治療について解説します。

  • 糖尿病が引き起こす皮膚トラブルについて

    糖尿病が引き起こす皮膚トラブルについて

    糖尿病の方は皮膚トラブルが起こりやすく、皮膚トラブルが悪化すると壊疽(えそ:皮膚・皮下組織等が壊死し、黒く変色した状態)等に進行し、日常生活に支障を来す可能性があります。この記事では、糖尿病が引き起こす皮膚トラブルについて解説します。

  • 直腸がんの症状と予防対策

    直腸がんの症状と予防対策

    直腸は大腸の一部であり、15cmから20cm程度の長さがあります。上部から直腸S状部・上部直腸・下部直腸に分けられ、上部でS状結腸からつながり下部で肛門へとつながります。この記事では、直腸がんの症状と予防対策について解説します。