「注文をまちがえる料理店」から広がる歓びの連鎖。 認知症と、人間の豊かさとの関係性とは【前編】

「注文をまちがえる料理店」から広がる歓びの連鎖。 認知症と、人間の豊かさとの関係性とは【前編】

今回お話を伺ったのは、一般社団法人「注文をまちがえる料理店」(※1)で代表理事を務める和田行男さん。「注文をまちがえる料理店」とは、2017年にテレビ局ディレクターの小国士朗さんを発起人にスタートした、認知症の方々がホールスタッフを務めるレストランプロジェクトです。

「注文をまちがえる料理店」のユニークな取り組みは、日本、アメリカ、中国、イギリスなど世界中で注目を集めました。社会にもたらした影響や、プロジェクト全体の優しいデザイン、コミュニケーションのあり方が高く評価され、国内外で数々の賞を受賞しています。

和田さんは、介護サービス事業を展開する株式会社大起エンゼルヘルプ(※2)の取締役を務める介護福祉士。「注文をまちがえる料理店」のプロジェクトメンバーの中で、唯一の介護従事者でした。

介護のプロとして「注文をまちがえる料理店」にどう携わり、また認知症とどう向き合っているのでしょうか。「注文をまちがえる料理店」が生まれるまでの経緯とこれからを伺います。

TVの密着取材がきっかけで生まれた「注文をまちがえる料理店」

▲「注文をまちがえる料理店」代表理事を務める和田さん

▲「注文をまちがえる料理店」代表理事を務める和田さん

2016年、ひとりのテレビ局ディレクターが和田さんの元を訪れ、それをきっかけに「注文をまちがえる料理店」の構想を語りました。
「以前から、認知症の方々が労働者として働ける場所を作りたいと考えていた私は、彼から『注文をまちがえる料理店』の構想を聞き、それなら一緒にやろうとなったんです。」

和田さんが心を動かされたその構想の発端は、発起人の小国士朗さんが、当時既に認知症介護の最前線にいた和田さんに密着取材をしたことでした。そこで起こった2つの出来事が、「注文をまちがえる料理店」の着想に繋がったといいます。

「ちょうど名古屋の介護施設を立ち上げた時に小国さんが取材にいらして、その際にわたしが訪れたことのある面白いお好み焼き屋さんの話をしたんです。その店主は注文をしても、お好み焼きを作っている最中に注文を忘れてしまい、何度も聞きに来る。最後には値段も間違えてしまう。そんなお店、面白そうでしょ?今度一緒に行こう、と小国さんを誘いました。」

残念ながらそのお好み焼き屋さんに2人で行く機会はなかったそうですが、この「注文をまちがえる面白いお好み焼き屋さん」の話が料理店の構想につながったのかもしれません。

また、和田さんへの取材が行われていた介護施設では、入居者自身が献立を決め、買い出しに行き、協力し合いながら調理を行っていました。認知症や介護についてまだ詳しくない小国さんに衝撃を与えたシーンが、ここでの昼食時にもあったといいます。

「昼食の献立はハンバーグの予定でした。当然、ハンバーグの食材をみんなで買いに行ったのですが、出来上がったのは餃子。小国さんは指摘しようと思ったようなのですが、入居者や職員含め、周囲の人が誰もが、指摘するどころか全く驚かなかったと。これには衝撃を受けたみたいです。」

間違いをポジティブに受け入れ、それを楽しむ。そんな和田さんの姿勢を、そのままの形で“働ける場所”としてつくりあげたのが「注文をまちがえる料理店」だったのです。

お客様以上に、本人の力を引き出すことを重視した運営

小国さんと和田さんの想いが一致しスタートした「注文をまちがえる料理店」は、広告賞の受賞など国内外から驚くほど多くの反響を得ることになります。しかし、当事者である和田さんは反響以上に大事にしていることがある、といいます。
▲認知症の方がホールスタッフを務める「注文をまちがえる...

▲認知症の方がホールスタッフを務める「注文をまちがえる料理店」

「私は、注文をまちがえる料理店を通して、当人たちの力を引き出せたかどうかを一番大切にしています。一番印象的だったのは、2017年9月に行われた第1回『注文をまちがえる料理店』最終日のことです。3日間の実施でしたが、それまではホールスタッフの認知症の方々は、料理の提供まではできていたものの、説明まではできていませんでした。でも、最終日の最後の回になって、お客様に料理をご説明する方が現れたのです。」

基本的には、全員にサポート役の職員の方々が側にいて、料理の説明を補助している状態。ところが、その方は3日間の経験が積み上がり、1人で説明までこなせるようになったのです。

「周囲の方は、認知症の方は忘れてしまうという印象を持ちがちです。それゆえに、経験が積み上がっていかないように捉える人もいます。しかし、そうではありません。着実に積み上がっているんです。認知症の方の力をどれだけ引き出すことができるのか、その環境を作れるかが、自分たちの勝負所なんです。」

世界でもまだまだ、認知症の施策は遅れている

「注文をまちがえる料理店」は、世界最大級の広告賞「カンヌライオンズ2019」のデザイン部門で銀賞を受賞しました。参加した和田さんは、世界でも認知症に関する広告類が少ないことに驚かされたといいます。
▲「注文をまちがえる料理店」のロゴマーク。 プロジェク...

▲「注文をまちがえる料理店」のロゴマーク。 プロジェクト全体の優しいデザインも評価された

「カンヌでは障がいを持っている方をテーマにした広告類は多くあったものの、認知症や高齢者をテーマにした広告類は見かけませんでした。だからこそ、『注文をまちがえる料理店』はインパクトがあったのだと思います。その後、イギリスで賞をいただいたり、中国ではドラマ化もされ、カナダや韓国などで同様の取り組みがされるなど、海外へとどんどん広がっていきました。世界中で認知症に対しての関心や共感が高まっていることを感じています。」

このチャレンジは革命ではなく、スタート

世界にも取り組みが広まり始めていますが、今後についてはどのような想いと展望を持っているのでしょうか。

「他の動物と比べて、ヒトの特徴のひとつは社会生活を送ることだと思っています。だからこそ、誰であってもその基本的人権を奪われたくないと思っているはずです。『注文をまちがえる料理店』は、それを体現した1つの姿だったからこそ、共感を得たのかもしれません。ただ、私は人生を通してすべて同じテーマで取り組んできたため、『注文をまちがえる料理店』で革命的なことをやり遂げたという気はしないんです。むしろ、やっとここまできたか、と言う感覚。まだまだ通過点ですね。」

後編では、認知症ケアの第一人者とも言われる和田さんの、認知症に対する向き合い方についてお伺いします。

後編はこちら
※1:一般社団法人「注文をまちがえる料理店」公式HP
(http://www.mistakenorders.com/)

※2:株式会社大起エンゼルヘルプ公式HP
(http://www.enzeru.co.jp/)
生20-1357,商品開発G
和田行男さん

和田行男さん

文=齋藤優里花(under→stand Inc.) / 写真=鈴木文彦

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