丹野智文 認知症と生きる⑫

丹野智文 認知症と生きる⑫

おはよう21 2016年11月号
日本認知症ワーキンググループ/おれんじドア実行委員会代表 丹野智文
※本記事は、2015年~2017年に月刊誌『おはよう21』に掲載された丹野智文さんの連載「41歳、認知症と歩む」を、一部改変のうえ、再掲するものです。記載内容等は連載当時のものとなっております。
講演やマスメディアを通し、 認知症の当事者として発信を続ける丹野智文さんが、今までのこと、これからのことを語ります。
希望と居場所に出会うため

「この人、話せません」

おれんじドアで出会ったなかで、特に印象的だった一人の女性がいます。
彼女は夫と一緒に、私の前にやって来ました。そして夫は、「この人は本当にしゃべれませんから」と言って、私に彼女を任せ、少し離れた家族同士の話し合いのテーブルに行ってしまいました。
その日も、来てくれた数人の当事者で話し合いを始め、いつもどおり、まず私の自己紹介からスタートしました。
「今こんなことに困っています」「スポーツならゴルフが好き」など、テーマを織り交ぜて私から話したうえで、話せそうな人から自己紹介を促し、最後がその女性になるように進めました。周りの体験談を聞くうちに、「自分も同じだ」という気持ちになれば、話しやすいのではないかと思ったからです。
果たして予測は的中し、女性は順番がくると、自分のことをきちんと話しました。テニスをするのが好きだと言います。
その様子を少し離れた場所で見ていた夫は、「こんなに話せるのか……」と、とても驚いていました。

その笑顔が教えてくれる答え

本人に感想は聞きませんでしたが、帰り際の女性の表情は、来たときとは違っていい笑顔で、それが答えだと思いました。
そして、おれんじドアで活動をするなかで、実はこのようなケースは、ほかにもたくさんあったのです。
それらの出来事から、「彼らが話せないんじゃない。周囲が話をさせていないんだ」と感じました。本人が話し出すのをゆっくり待つ姿勢も大事ですが、更に大きな原因がありそうです。
その夫は、どこへ行っても妻のことを「話せません」と言っていたのではないかと思います。「話せない」「話せない」と言われるうちに本人の不安も増していき、自分でも「話せない」と思ってしまう。家族や周囲が、当事者の行動や言葉を奪っているんだと、私は実感しました。

私たちから行動と言葉を奪わないで

おれんじドアでの話し合いは、始めてみるととても盛り上がります。本人も意外に思うようで、「ちょっとしゃべり過ぎたかな」なんて照れながら帰る人もいます。それ以上に予想を裏切られているのは、家族と支援者です。「あんな表情は久しぶりに見た」「あんなに話せるなんて」と感動するのです。
私としては、普通に話をしているだけなので、なぜその違いが生まれるのだろうと少し不思議な気持ちになります。
その理由を考えたとき、本人と一緒に生活していたり、いつも行動をともにしていたりすると、「当事者のことや思いを、わかったような気持ち」になってしまうのかもしれないと感じました。それが知らず知らずのうちに、当事者の言動を奪ってしまう。だからおれんじドアでは、当事者だけで話し合うのです。
家族や支援者の前で講演をするとき、私は「言葉と行動を奪わないでほしい」と必ず伝えることにしています。当事者から伝えていかなくてはと、強く思ったのです。

当事者の言葉がもつ力

診断を受けた当初の当事者は、どこに何を聞きに行けばいいかも、何をしたらいいかもわかりません。
現在は、家族の会や認知症カフェなど、いろいろな場所があると思います。しかし当事者にとって、最初はそこに行くことさえもつらいのです。
相手からどう思われるだろう、変な人と思われたら嫌だなと、身構えてしまう。でも、「ここでは当事者が待っていて、当事者の相談に乗りますよ」なら、「同じ病気なら、変な人とは思われないだろう」と少し気楽に足を向けられるはずです。
更にいえば、本来、当事者の相談に乗る相手は、医師でも行政職員でも誰でもいいと思います。しかし、そういった人たちと気が合うとは限らないし、もしその人たちが親身になってくれたとしても、どこかで「この人は認知症になったこともないのに、何を言っているんだろう」と思うかもしれません。
私自身、診断された当初は、人と話していてそんなふうに感じることがよくありました。
でも、同じことを当事者から言われると納得できるんです。何も言えなくなる。相手もその苦しみを味わい、そこを乗り越えて自分にアドバイスしてくれているのが、わかるからです。
同じ苦しみを乗り越え、笑っている当事者の存在と言葉があってようやく、前を向くきっかけが生まれるのだと思います。それがおれんじドアのめざす、「希望と居場所との出会いの場」です。
だから、おれんじドアで最も重要なのは、当事者が当事者と話し合うということなのです。
生22-1054,商品開発G
丹野智文さん

丹野智文さん

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